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伝えきれないこと

2026.01.28

伝えきれないこと

過去に茶道についてお話しする機会を何度かいただきました。500年もの歴史ある道を短い時間で伝えるにはまだまだ経験と実践が足りず毎回50点くらいの自己評価をしています。

より多くの人に伝えるのに近代は学校教育に積極的に茶道が取り入れられました。

明治大正時代は世界も日本も国際社会の中に取り込まれて自国のアイデンティティを体系化して確立する必要があったのだと思います。

宗旦居士の歌にもあるように

茶の道は心に伝え目に伝え耳に伝えて一筆もなし

また六閑斎宗匠の歌に

茶の道は辿るにひろし武蔵野の月も住むなりおくぞゆかしき

姿が見えるようで奥深く学んでも見えない道でもあります。

しかし茶を学ぶ目的は時代によって表現は変われども人生を茶道の和敬清寂を軸として生きるとはどういうことかを伝えることはできると思いました。

茶道は自分の心の中の光を呼び戻すために自分が懸命に取り組む道であるとだけ断言できます。

禅仏教の考え方に深く影響を受けていることも伝えられます。

それ以外は稽古をすることでしか伝わらない、

茶道を学ぶ人、教える人が増えることが今必要だと思います。

見せるのか、やるのか

2026.01.01


見せるのか、やるのか。

SNSの普及でずいぶん恩恵を受けている。

ウェブサイトは茶道に興味がある人たちにとって大切な窓口になる。

自分のプロフィールなのであまりに内容が立派過ぎたり、他の誰かの言葉を使って自分と乖離することだけは避けたい。

何をしてきたかの方が大切で、それはSNSでは表現するにはあまりにも壮大過ぎて難しい。

だから稽古で茶事で茶会で直接同じ時間と空間を共有する必要がある。

見せるためにはそれなりの準備が必要で他人の目を意識してのことが多いが

やるためには人の目は気にしてられない。

懸命だから周りが見えなくなる。でも見えないからできることがある。

だからやることが大切だと思う。

茶道のある人生はそうありたい。

今年をおもいかえして

2025.12.24

今年一年で感じたこと

師走ももうすぐ終わろうとしています。

振り返ることはしないと決めているのでいつも今を生きることを意識しています。

茶道を学ぶことについて今年の後半ずいぶん考えました。

何のために学ぶのか。

学んで何が変わるのか。

茶道のどの部分が人に影響を及ぼすのか。

教えながらもずっと腑に落ちない気持ちで30年茶道を続けていました。

長く考えることが必要なことは思考を深く落とし込んでいかないと答えにたどり着けません、

それが何年も続くと果たして納得のいく考えに至るのだろうかと迷いそうになります。

迷いの段階からは必ずいつか抜け出せます。

自分を信じて考え続けられるかどうかだけです。

それぞれが自分の人生を生きています。

お互いに調和しながらこの人生は続けていかなくてはなりません。

茶道を選んだ自分は茶道を人生の指針として

和敬清寂の心を精行していかないといけません。

和敬清寂は響きのいい言葉ですが常に

自分を律していかないと得難い道だと思います。

調和しつつ  馴れ合いにならず

相手に敬意を持ちつつ  自分を律していく

清くして  潔く

寂にして  慌てず

言葉の両面を見ると中庸がいかに大切かわかってきます。

そのためにはとにかく続けて、自分の体験から導き出した自分だけの答えを求めていくことが大切です。

人はお互いにお互いの人生を生きられないですから。

自分を信じ切る

これに限ると思います。

大切なこと

2025.11.27

茶道を生業にしていると時代の流れの中にあって

和敬清寂の精神がそのまま受け入れられていることに気がつく。人が大切に思う哲学は普遍のもの。いつの時代も人の関係が混沌としてどこへ向かって生きていけば良いのかわからなくなる。

自分はみんなに茶道を学んでほしいと思う。

人と和して流されず、敬いつつ諂わない

きれいに生きて行くこと、大事に当たって平常心を養うことができるからです。

一つ一つの作法に真剣に向き合って一挙手一投足に至るまで神経を通わせてこそその所作から自身がつくられていく。稽古で半年毎に炉と風炉の稽古が行われるが毎回皆さんの成長が素晴らしい。身体が覚えたことは簡単には忘れない。

インターネットやデジタルは自身の助けになるが身にならないと感じます。

自ら行うことの大切さを今一度再認識する時代に差し掛かっています。

お茶で幸せな人生をつかみましょう。

善き本との出会い

2025.11.18

全ての出会いは必然で本来善悪はないと思っている。タイミング、心の状態でどちらにもなり得る。数年前に買った本であまり興味なく途中で読むのを辞めた本があった。

数年間気に留めなかったが昨日出会った茶道の大先輩と話してから、ふと、その本が気になり手に取って読み直した。

本は大正時代に書かれたものだが

今の茶道界に当てはまる内容だったので 

貪るように読んでいる。

お茶を教えるとはどういうことか、何のために点前をするのか。

今更だが難しい。

本はもちろん著者の言葉と考え方だが

それを咀嚼して自分の身に練り込んでいくことで自分の考えと合わさって自分自身の血となる。

自分が考えてきたことが本の中で重複していると

心が躍る。先人と同じことを考え到達したのかと思うからだ。

簡単に得ることのできない答えを求めてあれこれ考えるのは本当に楽しい。

善き本との出会いはありがたい。